20年以上も前の話です。企業ではボーナスの他に特別賞与が支給され、ラーメンが食べたくなったら札幌まで飛んで行った時代。わたしの母は旅行でパリに訪れた際、ハイ・ブランドの本店でレザーのバッグを購入してきました。愛着のあるバッグは母からわたしに、いずれはわたしの娘に受け継がれてゆくものでした。
ハイ・ブランドのバッグに時効はありません。素材のよさはもちろん、デザインも時代をまたいで輝き続ける。母が大切にしてきたバッグを、わたしも丁寧に扱ってきました。ところがバッグにシミができてしまったのです。出かけた際に、カフェでお茶をたのしんでいたときのこと。隣の席の方のドリンクが……。


ショックを受けると同時に打つ手がない、と思いました。バッグで使われているレザーはシミや傷がつきやすいデリケートなもの。買い替えに一縷の望みを託し、今も販売されているモデルかを調べました。結果は予期した通り、廃盤でした。わたしはバッグを大切にしてきた母に謝りました。「いいわよ」とやさしく微笑んだ母に、鼻の奥がつんとしました。そして、バッグを手にしました。